代表ごあいさつ

育った環境、性別、学歴に関係なく、誰もが社会参加できるWell-Beingな社会を創りに貢献したいと思い、2016年10月に株式会社夢をかなえる研究所を創業しました。

それまでは、国・行政・民間といった様々な機関でキャリアアップをしてきました。特に国内外の教育現場、社会教育現場での経験が11年と長く、不祥事や崩壊といった問題を抱えた現場から新規教育施設の立ち上げと人材開発、組織運営を行ってきました。そのため私は通称立て直し屋とよばれてきました。

夢をかなえる研究所の一番の強みは、人材開発プログラムの開発です。人材開発プログラム(ジョブ・アトラクション®)でしあわせファーストな組織づくりをサポートしております。また、北九州市の3社でパートナーシップを組みIT人材の育成にも取り組んでいます。
創業して携わった企業や団体や学校はのべ489か所を超えました。個別の若者に対するキャリアコンサルティングも月に一度公共施設にて行っております。


これからもWell-Beingな社会創りに貢献していきたいと思っております。

代表取締役白石裕子

代表取締役

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​資格・派遣先・出演等

​資格

国家資格 キャリアコンサルタント
Well-Being Dialogue Card Certified Facilitator
認定キャリア教育コーディネーター
小学校教諭二種普通免許
幼稚園教諭二種普通免許
GCDF-Japanキャリアカウンセラー
Certified Anger Management Specialist Ⅰ
アンガーマネジメントファシリテーター™
アンガーマネジメントトレーナー™

アンガーマネジメント𠮟り方トレーナー™

アンガーマネジメントキッズインストラクター™

アンガーマネジメント診断会員

アンガーマネジメントコンサルタント™
アンガーマネジメントハラスメント防止アドバイザー™
インストラクショナルナルデザイン応用バッジ保持者

キャリア研修

北九州市立小・中学校(47校)
福岡県遠賀町立中学校(1校)
福岡県春日市立小学校(1校)
福岡県立高等学校(4校)
北九州市立大学
北九州工業高等専門学校
職業訓練校(2校)

公職

北九州市立図書館協議会委員(2014年12月~2016年11月)
北九州市子どもの読書活動推進会日委員(2014年12月~2017年7月)

企業及び団体研修

厚生労働省雇用支援機構
北九州市市役所、
北九州市教育委員会
北九州市関連外郭団体
北九州市社会福祉協議会
私立高等学校養護教諭会
地方職員共済組合福岡県支部

北九州市内企業
福岡市内企業
柳川市内企業
下関市内企業
福岡中部法人会
一般社団法人九州北部信用金庫協会

福岡県内医療施設
福岡県内介護施設

大学教員FD(ファカルティ・ディベロプメント)研修2校

福岡県男女共同参画企業派遣講師

公益財団法人産業学術推進機構中小企業支援センター専門家

メディア出演等

毎日メディアサービス Sunday オンナの指南書 コラムニスト(2015年~現在)
毎日新聞 まいにちまいむ 2015年1月
読売新聞 朝刊生活文化 2017年8月6日
西日本新聞 親子で読む ままのわぱぱのわ 2020年10月30日
FMKITAQ 夢をかなえる研究所 2017年5月~2022年1月
CROSSFM TAKAGI STARTUP BOOSTER 2021年8月18日

​日刊工業新聞「産業春秋」 2022年1月21日

プロフィール

現在のパートナーに出会う

交際1ヵ月で白石家より結納の申し出があり、「女性のしあわせは結婚だ」と周りからも祝福され素直に卒業後結婚。

鹿児島県立南高等学校 普通科
1年の担任 白石先生から「妻にしたい女子高生No.1」宣言をうける。
→本当に白石姓になる。


物理を選択したかったが「女の子に物理は選択できないと言われ」そのまま引きさがる。


ピアノコンクールに出て本選に残り新聞に載る→音大をすすめられたが経済的な理由で進学せず。


インフルエンザの影響で膵臓の病気を患い、高校3年生は闘病生活。
音大の道にはすすまず、小学校の教員を目指す。

卒業とともに結婚
横浜市で友だちも親戚もいない中、孤独を感じて新聞広告をたよりに仕事を探す。当時の興亜火災保険の事務センターで全国の保険証券の契約照合を行う。当時、パソコンは特別室に1台だけあり、膨大な照合作業は電話で行われていた。1年後子どもを出産するために退職。

片道切符ではなく、日本に帰ってきた
東京にもどっても社会的役割について問いつづけた。
子育てをしながらできることを探していたところ、国が行う調査に対応できる人材を探していた所よりヘッドハントされ、様々な調査を行う任務につくことに。(詳細は秘密)そこで様々な企業と出会う。

異色の教員
洞爺湖サミットが行われる年、当時3年生の学級担任だった私は、子どもたちと環境問題について総合的な学習の時間にとりくみ、日本の小学校では初めてグリーンマップに挑戦その取り組みを中学校と連携し洞爺湖サミットに提言する。

教員ではなしえないことに挑戦
臨時職員の契約がきれるたびに、「社会的役割」は教員でおわりなのか。学校以外でも何かできることはないか。学校と社会とでは大きな溝があり、そこをうめることができるものはないかと学びを続けている中で、キャリアコンサルタントという職業を知り、勉強を始める。

業務委託へ
行政主導のもと開所した社会教育施設は、あっさり3年で業務委託されることになり自分の役割をもっと自由に発揮できることをと思い創業へと。

鹿児島女子短期大学 児童教育学科 初等教育専攻

天文サークルをつくりたいと申請するが、女の子が夜間に活動するようなサークルは認められないと学校から却下。

でも天文の勉強がしたい。
高校の先輩門田さん(ネットワーク講座の講師)に誘われて鹿児島大学の天文同好会に入会(他学のサークルにちゃっかり加入)。

教育実習で簡易プラネタリウムを制作
サークルでの学びをそのまま教育実習へ活かし、理科室を改造して授業を行う。
過去に事例をみない実習に高い評価を受けるが、結婚がきまっているなら採用試験は受けないように短大から説得される。

ドイツと日本の生活を繰り返す
外資系に勤める夫の長期出張や短期赴任により、ドイツと日本をいったりきたり。
ベルリンの壁が崩壊した時も南ドイツのブルクハウゼンでその時をむかえる。
長女が小学校1年生の時に「片道切符かもしれない」といわれ覚悟してドイツへ。

この時に長女の現地校の女性の先生より、「あなたの社会的役割を教えてください」の一言で人生の捉え方が変わる。
自分の社会的役割を果たせることはないかという問いをずっともち、ミュンヘン日本語補習校で先生が足りないということを聞き、再び教壇にたつことを選択する。

夫の転勤で山口へ
山口県光市に転勤になった夫。
家族で東京から山口へ。

ここでまた「小学校の先生が足りなくて困っている」という話を聞き、私のここでの役割は教員かもしれないと思い、夫が単身でドイツに出張している間に教育委員会へ。
その日に赴任校が決まり、その足で赴任校へ。夫が単身赴任している間に常勤の臨時教員へ。長男が通っている小学校だったため、長男の担任の先生をはじめ、職員室ではどう対応していいのかわからず大騒ぎとなる。
私は特別支援の学級担任になり、発達障害のあるクラスを受け持つことに。
子どもたちにあわせた教材をつくる日々に追われる。

キャリアコンサルタントとしての道のり
資格はとったものの、45歳をこえてからの未経験の仕事探しは困難を極めていた。
資格重視の民間の人材紹介をとおしてハローワークに派遣されたのがキャリアコンサルタントのスタート。ハローワークの仕事は、学校と社会との溝をうめるような仕事ではなく、どうしようか迷っている中で北九州市が当時自立に困難をかかえる若者をターゲットに新規社会教育施設(北九州市立ユースステーション)でスタートアップする指導員の募集をしていることを知り応募。教員の経験と国家資格キャリアコンサルタントの経験もかわれて指導員の指導を行う主任のポジションに任命される。人材開発プログラムの作成や運営について施設の基礎づくりに取り組んだ。

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創業