創業までの物語Ⅲ 帰国後の働き方①

社会的役割を意識した働き方

働く=賃金と考えがちですが、働くことには、家事であったり、育児や介護、ボランティア活動も入ってきます。
私たち家族はドイツから日本に帰国し、しばらく東京に住んでいました。帰国子女の受け入れをしている私立小学校ではなく、長女は公立の小学校へ編入、長男はサッカーを続けたいということでサッカークラブがある幼稚園に編入しました。公立の小学校に編入させたのは、彼女に様々な家庭環境の子どもに関わってほしかったからです。長男は初日から不登園になり、日本の幼稚園になじめずにいました。ドイツのモンテッソーリ教育の幼稚園とは、まったく園での生活が違ったのです。しかし、彼にはサッカーという打ち込めるものがあったからこそ、幼稚園に少しずつ行けるようになりました。

自分らしい社会的役割をさがすために

長男が幼稚園の間は、短時間でできることを探しました。それは、短期のバイトや内職に限らず、学校のPTA役員、地域のボランティア活動など、時間を見つけてはチャレンジしてきました。そんな中で私に「身元が保証できる人でないと頼めない」という仕事の依頼がきました。

下町の中小企業との出会い

新しい仕事は、身分証を提示し中小企業の調査をする仕事です。その時に、東京のある地域の企業を1件1件訪問し、経営者や社員の方々のお話しを聞きました。いろいろなことをお聞きしましたが、仕事内容が一番わからない部分でもありました。しかし、社員の方の説明だけでなく、その仕事をしていてどんなことを思っているのか、感じているのか、また先輩後輩、教育のことについて様々なことをお話しされ、そのことが強烈に印象として残っています。社員が楽しく話をしているところは、事業所も明るい。挨拶を必ず返してくださるところは、訪問してよかったと思えます。2回目は実際に仕事で使っているものを触らせてくださるところもあったのです。今まで、嗅いだことのない匂い、触ったこともない部品、聞いたことない専門用語。調査の仕事がこんなにワクワクするものだとは思いませんでした。それと同時に、何をしているのかわからない工場だけど、すごい技があるよということを数件先の工場の人も良く知らない。もし、お互いの事業を知ることができたら、新しいことができるのに・・・そんなもったいないと思う気持ちがどんどん高まっていきました。(続)

 

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白石裕子

育った環境や性別や学歴に関係なく、誰もが社会参加できるような社会を創りあげたいと思い起業しました。国・行政・民間といった様々な機関でキャリアアップをしてきました。特に国内外の教育現場、社会教育現場での経験が11年と長く、不祥事や崩壊といった問題を抱えた現場の立て直し屋と呼ばれてきました。一番の強みは人材開発プログラムの作成です。現在は、職場の定着の大きな課題となる人間関係改善・人材開発プログラムを使って、企業の社員と大学教員などの資質向上研修をおこなっております。 今までに携わった企業や団体や学校はのべ466件、受講者は10,297名を超えました。また、小学校から大学までキャリア教育の授業(社会人基礎力)の実施ものべ29校。個別の若者に対するキャリアコンサルティングも月に一度公共施設にて行っております。 ・キャリア教育授業 北九州市立小・中学校(23校)、福岡県遠賀町立中学校(1校)、福岡県春日市立小学校(1校)、福岡県立高等学校(2校)北九州市立大学、北九州工業高等専門学校 ・企業及び団体研修 北九州市市役所、北九州市教育委員会、北九州市関連外郭団体、厚生労働省雇用支援機構、北九州市社会福祉協議会、北九州市内企業、福岡市企業、私立高等学校看護教諭会,経営者団体の勉強会 ・福岡県男女共同参画企業派遣講師 ・公益財団法人産業学術推進機構中小企業支援センター専門家 <資格> 国家資格 キャリアコンサルタント 認定キャリア教育コーディネーター 小学校教諭二種普通免許 幼稚園教諭二種普通免許 GCDF-Japanキャリアカウンセラー アンガーマネジメントコンサルタント™ アンガーマネジメントファシリテーター™ アンガーマネジメントキッズインストラクター™ アンガーマネジメント叱り方インストラクター™ アンガーマネジメントティーンインストラクタートレーナー™