創業までの物語Ⅰ

 

頑張っているお兄さん、お姉さんが幸せそうにみえなかった時代

亡くなった私の父は中学校の教員でした。社会科が専門だったようですが、私の記憶にあるのは、特別支援学級の担任として学校に通う父の姿でした。

その当時、特別支援学級(通常の学校にある特別支援学級)はなかよし学級とよばれていました。父が勤務している学校は田舎の学校で、夏休みこどもたちがいない学校によく連れて行ってもらいました。夏休みですが、学校の部活動や学校に出てくる学生もいました。私は、父が担任をしている特別支援学級で、優しいお兄さんやお姉さんに勉強を教えてもらったり、遊んでもらったりしながら過ごす時間が楽しみでした。

集団就職

当時は、中学を卒業したら働く道にすすむ学生が多い時代でした。父が担任していた学級も同様に集団就職という道を選択する人が多く田舎をはなれて都会に就職していきました。当時の私の記憶では、地元に残る人より関西や東京といったところまで上京しての就職が多かったように思います。

帰ってきて再会するお兄さん、お姉さん

お兄さん、お姉さんたちは突然帰ってくることが多く。ひどい怪我をしていたり、病気になっていたり、お姉さんはお父さんのわからない子どもと一緒だったり・・・そんな姿をみて父は泣いていました。勿論帰ってきたお兄さん、お姉さんも父のところにきて泣いていました。父はお兄さんやお姉さんの働いていた職場を訪れて頭を下げてきていたようです。時には土下座までして、お金を投げつけられたりもしていました。あんなに私に優しかったお兄さんやお姉さんが私には幸せそうにみえなかったのです。しかも、身近にいた他の大人より幸せそうに見えなかったのです。頑張って働いても、なんだかやるせない、理不尽だとずっと思ってきました。しかし、その一方で、すべてのお兄さんやお姉さんが理不尽な姿になっているわけでもないことも知っていました。働いているお店で頑張りを認めてもらい暖簾分けをしてもらっているお兄さんもいたのです。務める企業、職場によってこんなにも差があるのかと子ども心に強烈な印象をもったものです。

ABOUTこの記事をかいた人

白石裕子

育った環境や性別や学歴に関係なく、誰もが社会参加できるような社会を創りあげたいと思い起業しました。国・行政・民間といった様々な機関でキャリアアップをしてきました。特に国内外の教育現場、社会教育現場での経験が11年と長く、不祥事や崩壊といった問題を抱えた現場の立て直し屋と呼ばれてきました。一番の強みは人材開発プログラムの作成です。現在は、職場の定着の大きな課題となる人間関係改善・人材開発プログラムを使って、企業の社員と大学教員などの資質向上研修をおこなっております。 今までに携わった企業や団体や学校はのべ466件、受講者は10,297名を超えました。また、小学校から大学までキャリア教育の授業(社会人基礎力)の実施ものべ29校。個別の若者に対するキャリアコンサルティングも月に一度公共施設にて行っております。 ・キャリア教育授業 北九州市立小・中学校(23校)、福岡県遠賀町立中学校(1校)、福岡県春日市立小学校(1校)、福岡県立高等学校(2校)北九州市立大学、北九州工業高等専門学校 ・企業及び団体研修 北九州市市役所、北九州市教育委員会、北九州市関連外郭団体、厚生労働省雇用支援機構、北九州市社会福祉協議会、北九州市内企業、福岡市企業、私立高等学校看護教諭会,経営者団体の勉強会 ・福岡県男女共同参画企業派遣講師 ・公益財団法人産業学術推進機構中小企業支援センター専門家 <資格> 国家資格 キャリアコンサルタント 認定キャリア教育コーディネーター 小学校教諭二種普通免許 幼稚園教諭二種普通免許 GCDF-Japanキャリアカウンセラー アンガーマネジメントコンサルタント™ アンガーマネジメントファシリテーター™ アンガーマネジメントキッズインストラクター™ アンガーマネジメント叱り方インストラクター™ アンガーマネジメントティーンインストラクタートレーナー™